東京高等裁判所 昭和55(ネ)262 高裁判例
主 文
第一審原告の控訴を棄却する。
原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。
右部分につき第一審原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 第一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し、金一九八万円及びこれに対する昭和五三年一二
月八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え(当審において以
上のとおり請求の減縮がなされた。)。
2 第一審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。
との判決
二 第一審被告
1 原判決中、第一審被告敗訴の部分を取消す。
第一審原告の右の第一審被告に対する請求を棄却する。
2 第一審原告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 訴外Aは、昭和三二年ごろその所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下
「本件建物」という。)を賃料一カ月二万円で毎月末日払い、使用目的工場・倉庫
として期限を定めず、第一審被告に賃貸引渡した。
2 右賃料は、訴外Aと第一審被告との間で、昭和五〇年一月ごろ同月分以降一
カ月六万円に増額された。
3 訴外Aは、昭和四九年一月二二日東京法務局所属公証人Bに委嘱して作成し
た遺言公正証書(以下「本件遺言公正証書」という。)をもつて、右建物を長男で
ある第一審原告に遺贈する旨の遺言をした。
4 訴外Aは昭和五一年一月三一日死亡したので、右遺言は効力を生じ、第一審
原告は本件建物の所有権を取得し、前記賃貸借契約における賃貸人たる地位を承継
した。
よつて第一審原告は第一審被告に対し、昭和五一年二月一日以降昭和五三年一〇
月三一日まで一カ月六万円の賃料合計一九八万円及びこれに対する本訴状送達の翌
日である昭和五三年一二月八日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合
による遅延損害金の支払いを求める。なお第一審原告は亡Aの相続人であるが、第
一審原告が本件建物の所有権を遺贈により取得したことが認められない場合、相続
分に応ずる賃料額の支払いはこれを求めない。
二 請求原因事実に対する認否
1 のうち、第一審被告が第一審原告主張のころ訴外Aからその所有にかかる本
件建物の引渡を受けたことは認めるが、その余は否認。
毎月二万円を訴外Aに支払つたのは、Aと第一審被告会社代表者Cとの身分関係
(同人の妻DはAの四女にあたる。)に基づき、娘婿としてAに対して小遣程度の
金銭を贈与するとの意味及び本件建物の修繕・改造費を負担する意味を含めて支払
つたもので、賃料の趣旨ではない。
2 は否認。
昭和四九年一月二三日訴外Dは、その頃自宅で怪我をしたAをE宅に引取つて療
養看護することとなり、その費用にあてるため第一審被告から前記二万円に一カ月
四万円を加算した毎月六万円を、同年一月からAが死亡するまで、Aの代理受領者
として支払を受けたが、右は賃料増額の趣旨ではない。
3 は認める。
4 のうち同Aが同日死亡したことは認め、その余は争う。
三 抗弁
第一審原告主張の本件遺言公正証書による遺言は、訴外Aの昭和四九年三月五日
付「遺言書」と題する自筆証書遺言(別紙乙第一号証の二)によつて取消された
(以下上記自筆証書を「本件自筆遺言書」という。)。よつて本件建物の第一審原
告への遺贈は無効であり、右遺贈により第一審原告が同建物の所有権及び賃貸人の
地位を承継したということはできない。
四 抗弁に対する反論
本件自筆遺言書には文字の加除訂正がある。しかるに民法第九六八条第二項所定
の方式がとられていないので、右自筆証書遺言は無効である。
第三 証拠(省略)
理 由
一 昭和三二年ごろ訴外Aがその所有にかかる別紙物件目録記載の本件建物を第
一審被告に引渡したこと及び本件公正証書による遺言のなされたことは当事者間に
争いがない。この建物引渡が賃貸借契約に基づくものであるかどうか、その賃料が
定められていたかどうか、又それが後に増額されたかどうかは何れも当事者間に争
いのあるところであるが、右各事実の有無はともかくとして、第一審被告は抗弁事
実として、右遺言は無効であり、したがつて第一審原告は本件建物につき右Aから
本件建物の賃貸人たる地位を承継したといえないと主張するので、次にこの点につ
いて判断する。
二 当審証人Dの証言及び同証言により全部Aが自ら作成したと認められる乙第
一号証の二によれば、Aは昭和四九年三月五日、「同人が従前なした遺言は全部取
消す」旨の自筆証書遺言をしたことが認められる。
<要旨> ところが第一審原告は本件自筆遺言書には、民法所定の加除変更の方式
がとられていないので無効である</要旨>と主張する。なるほど本件の自筆遺言書で
ある乙第一号証の二は別紙のとおりで、その全文中、「私は今まで遺言書を書いた
記憶はなが(「記憶はないが」の意であることは全体の趣旨から明瞭である。)つ
くつた遺言書があるとすれば」との記載の次に「そ」と書きこれを×印で抹消し、
それに続けて「それらの」と書いた後、次行上段に「ユ」と書きかけて、行を改め
「遺言書は全部」と続け、その次に「取消……」と記載した部分を直線を数条引い
て抹消し、続いて次の行の下方に「取消す」と書いて本文を結んであることが認め
られる。そして右の「そ」「ユ」及び「取消……」の三カ所には、「氏名自書」名
下に押捺された印と同一の印がそれぞれ押捺されている。しかしながら特段に「加
除変更の場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名した」形跡は
見あたらない。この点で本件証書は民法第九六八条第二項に定める自筆証書遺言の
方式に背く感がないともいえない。しかしながら同条項は一旦有効に成立した自筆
証書遺言を該証書に加除を加えることにより変更しようとする際の方式を定めたも
のであり、このことは右の方式に従わない変更は無効であり、加除前の遺言がその
まま有効であるとされていることから明らかであるといわねばならない。一方当審
証人Dの証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第三号証の二によれ
ば、訴外Aは右の自筆遺言書を作成するに先立ち、乙第三号証の二の「遺言書」と
題する書面を下書きしそのうえで、本件自筆遺言書を作成したこと、その作成過程
でAは筆をすすめながら上記三カ所の各部分につき書損じたことをその都度認識
し、そのうえで前述した遺言の趣旨を同書面上に自書しかつ右各部分に自ら印を押
捺したことが推認される。しかも右の乙第一号証の二及び第三号証の二の何れにつ
いても、東京家庭裁判所において検認がなされていることは、公文書であるから真
正に成立したと認められる乙第一号証の一及び成立に争いのない乙第三号証の一に
徴し明白である。したがつて一部書損じの抹消を含む本件自筆証書による遺言は、
一旦有効に成立した自筆証書の変更の場合と異なり、もともと民法の前記条項によ
り無効とされるいわれはなく、この点に関する第一審原告の主張は採用することが
できない。それゆえこの日付の以前である昭和四九年一月二二日付でなされた本件
遺言公正証書による前記遺言は、右自筆証書遺言により取消されたものというべき
であり、したがつて第一審原告がAの本件建物賃貸人たる地位を承継するいわれも
存しない。したがつて第一審原告には同建物の賃料全額を請求する権利はないか
ら、その余の判断をまつまでもなく、第一審原告の本訴請求は理由がないものとい
わなければならない。(第一審原告はAの長男であることは当事者間に争いがな
く、したがつて遺贈が無効であるとしても、相続により本件賃料債権の一部を取得
した可能性があるが、第一審原告は、相続分に応ずる一部分の請求はしない旨を明
らかにしているから、当裁判所はこれに対する判断をなしえない。)
三 よつて原判決中第一審原告勝訴部分は不当であるからこれを取消し、第一審
原告の請求を棄却し、原判決中その余の部分は正当であるから第一審原告の控訴は
棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用
して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 廣木重喜 裁判官 原島亥己)
(別紙)
物 件 目 録
東京都墨田区ab丁目c番地所在
家屋番号 d番
木造瓦葺二階建店舗兼居宅
一階 八〇・一六平方メートル
二階 五二・八九平方メートル
のうち一階 三七・一二平方メートル
<記載内容は末尾1添付>